最高裁判所第一小法廷 昭和49年(行ツ)107号 判決 1977年10月13日
上告人
特許庁長官
熊谷善二
右指定代理人
近藤浩武
外七名
被上告人
(アメリカ合衆国)クラウン・ゼルラーバツチ・コーポレーシヨン
右代表者
フランシース・エム・バーンズ
右訴訟代理人
湯浅恭三
外三名
同弁理士
池永光彌
外二名
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人城下武文、同佐々木俊哲、同戸引正雄、同小花弘路の上告理由第一点、第二点について
特許法(以下「法」という。)二条一項は、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め、「発明」は技術的思想、すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当であり、技術内容が右の程度にまで構成されていないものは、発明として未完成のものであつて、法二条一項にいう「発明」とはいえないものといわなければならない(当裁判所昭和三九年(行ツ)第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決・民集二三巻一号五四頁参照)。ところで、法四九条一号は、特許出願にかかる発明(以下「出願の発明」という。)が法二九条の規定により特許をすることができないものであることを特許出願の拒絶理由とし、法二九条は、その一項柱書において、出願の発明が「産業上利用することができる発明」であることを特許要件の一つとしているが、そこにいう「発明」は法二条一項にいう「発明」の意義に理解すべきものであるから、出願の発明が発明として未完成のものである場合、法二九条一項柱書にいう「発明」にあたらないことを理由として特許出願について拒絶をすることは、もとより、法の当然に予定し、また、要請するところというべきである。原判決が、発明の未完成を理由として特許出願について拒絶をすることは許されないとして、本件審決を取り消したのは、前記各法条の解釈適用を誤つたものであるといわなければならない。論旨は理由があり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その他の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そうして、本件は、本願発明が本件審決のいうとおり発明として未完成のものであるかどうかを審理判断させるため、原審に差し戻す必要がある。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(団藤重光 岸上康夫 藤崎萬里 本山亨)
上告代理人城下武文、同佐々木俊哲、同戸引正雄、同小花弘路の上告理由
上告の原因
(一) 特許庁に対し、被上告人が「薬物製品」の発明についてアメリカ合衆国において一九六三年一二月九日及び一九六四年二月一〇日にした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願、昭和三九年一一月九日
(二) 右出願の拒絶査定
昭和四一年六月二二日
(三) 右に対する不服審判の請求
昭和四一年一一月九日
(四) 右に対する審判の審決
昭和四七年一一月三〇日
(五) 右審決謄本の被上告人代理人に対する送達
昭和四八年四月一一日(請求人のため、この審決に対する出訴期間として三か月付加)
(六) 右審決を不服とする東京高裁裁判所への訴訟提起 昭和四八年七月二七日
(七) 右訴訟事件の口頭弁論終結
昭和四九年七月三一日
(八) 右訴訟事件の判決言渡
昭和四九年九月一八日
(九) 右判決正本の上告人への送達
昭和四九年九月一八日
上告理由
上告理由を開陳する前提として、事件訴訟に関係する次の記録及び書証を上告人主張の利益に援用する。
(一) 本件訴訟事件に関し特許庁で昭和四七年一一月三〇日になした昭和四一年審判第七六九九号についての審決(原審甲第一号証)
(二) 本件訴訟事件に関し上告人及び被上告人が、原訴訟昭和四八年(行ケ)第九一号事件に関し提出した左記準備書面及び添付立証方法
記
(1) 昭和四九年三月二五日付上告人の提出した準備書面(第一回)
(2) 昭和四九年七月二五日付上告人の提出した準備書面(第二回)
(三) 上告理由が法令の解釈上適正であることを証拠として次の参考資料を提出する。
(1) 参考資料第一号(昭和三九年(行ツ)第九二号判決)
審決取消訴訟判決集昭和四四年特許庁編頁一〇七頁乃至一一一頁の写提出の趣旨………未完成の発明は特許法上にいう発明を構成せず特許を受けることができない旨の見解を示す。
(2) 参考資料第二号の一(昭和二五年(オ)第八〇号判決)
審決取消訴訟判決集自昭和二三年至昭和三三特許庁編頁二七三頁乃至二七四頁の写提出の趣旨……発明の定義を示す。
(3) 参考資料第二号の二(昭和二三年(行ナ)第五号判決)
審決取消訴訟判決集自昭和二三年至昭和三三年特許庁編頁六三頁乃至六六頁提出の趣旨…発明の定義を示す。
上告理由
第一、序論
原判決は、その理由の項で次のように判示している。
「本件審決において、本願発明が特許法第二九条第一項柱書にいう発明に該当しないことの根拠とする本願発明が完成したものとすることはできないとの点については、第二九条はもとより、特許法の全規定中にも、特許出願にかかる発明の完成、未完成に関する事項を定めたものと解するに足りる規定はなく、また、発明の未完成をもつて特許出願の拒絶理由とすることができる旨を定めた規定も見出しえない。したがつて、本件審決は、特許法の定めていない拒絶理由により、換言すれば、特許法の根拠なしに、本願出願につき拒絶をすべきものとしたものというべく、もとより違法たるを免れない。」として特許庁がなした審決を取り消したものである。
そこで、次の点についてその違法を主張し、上告を提起するものである。
第二、本論
上告理由第一点
原判決には特許法上の条文の解釈適用に誤りがある。
特許法第二条第一項において「この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と発明を定義したうえで、第二九条第一項において「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。一、特許出願前に日本国内において公然知られた発明 二、特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明 三、特許出願前に日本国内又は外国において領布された刊行物に記載された発明」と規定している。
してみれば、特許法の第二九条にいう発明が、同法第二条に定義される発明であることは明白であるので、同法第二九条に規定する特許要件もそれを前提として、同条第一項柱書の規定は、特許法第二条に定義される発明であること、および産業上利用することができることの二点が特許を受けることができるための基本的要件であることを規定したものであり、同条第一項各号は上記基本的要件を満した発明であつても、なお特許を受けられない場合を規定したものというべきである。
ところで、第二条に定義される発明は、その定義からも明らかなように、(一)自然法則を利用したものであること (二)技術的思想であること (三)創作であること (四)高度なものであることの四点を要件とするものである。このうち(一)の要件は、精神に対する純物質的事物の意味での自然の領域において経験によつて見出される一定の因果関係である自然法則を利用することであり、自然法則を利用したものであるから、発明は自然法則である物理的化学的法則にしたがつて作用するものでなければならないということであり、(二)の要件は、技術は一定の目的を達成するための具体的手段であつて実際に利用できるもので、技能とは異つて他人に伝達できる客観性をもつものであるから、このような技術に関する思想である発明は、技術が本来的な性質として有する上記の性質をもつものでなければならないということである。さらに(三)の要件は、創作とは人為的作用により新しく作り出すことであるから、発明は発明者により新しく作り出されたものでなければならないということである、と解することができる。そして、(四)の要件は、実用新案法第二条第一項に「この法律で考案とは、自然法則を利用した技術的思想の創作をいう」と定義しているところから、この考案との対比の上で程度が高いものであることを意味しているものと解される。
したがつて、これら四つの要件のうちいずれかを欠いたものは、もはや発明とは言えないものであることは、特許法第二条第一項の規定からみて明らかであるし、また、これらの要件を具備するに至つていないもの、すなわち発明として未だ完成に至つていないものが、特許法第二条第一項に規定する発明に該当しないことも明らかである。
けだし、発明の成立過程をみれば明らかなように、先ず目的である解決しなければならない問題点、即ち、課題が認識され、その着想に基いて具体性のある特定の技術的手段を構成し、その構成された技術的手段の適用により、課題が解決され目的が達成されたという効果を確認する段階を経て完成されるものであるので、明細書に技術的課題のみが存在し、その解決のための確立した技術的構成が存在せず、またその効果も確認されていないものは、構成およびそれと効果との因果関係が確立していない点で一定の目的を達成するものでなく、技術的思想と言えるに至つていないものである。
他方、特許法は第四九条において、出願について拒絶をすべき旨の査定をすべき場合を列挙しているが、その第一号には、「特許出願に係る発明が特許法第二九条……の規定により特許をすることができないものであるとき」と規定されている。そして、同法第二九条第一項柱書には「産業上利用することができる発明をした者は、……その発明について特許を受けることができる」と規定しているのである。
したがつて、特許出願に係るものが、第二条第一項の発明の定義に該当する発明でないとき、およびこの定義に該当するに至つていないときは、その特許出願について、第二九条第一項柱書の規定違反を理由に拒絶査定をしなければならない。
換言すれば、特許法は、その条文上は、拒絶の理由中に未完成な発明という語は使用していないが、第二条の発明の定義中に「技術的思想」の「創作」という観念を明示している以上、技術的思想として未だ創作されていないもの、即ち客観的にみた場合、技術的に完成の域に達していない未完成な発明は、第二条にいう発明ではないから、第二九条第一項柱書の規定により特許附与から排除されねばならないものである。
このことは、特許法が発明の保護および利用を図ることにより発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする(第一条)ことからも当然のことであり、保護の対象となるのは、客観的発明であつて、産業の発達に寄与することのない客観的には完成していない未完成な発明でないことは明白なところである。
してみれば、『発明の完成に関する事項を定めた規定および発明の未完成をもつて特許出願の拒絶理由とすることができる旨を定めた規定を見出しえない」とした原判決は、特許法第二条第一項および第二九条第一項の規定の内容趣旨を正確に理解しない結果、その解釈を誤つたものであり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があることは明白である。
上告理由第二点
原判決は、最高裁判所の判例と相反する判断をしている。
昭和三九年(行ツ)第九二号判決(最高裁判所、昭和四四年一月二八日言渡)は、その理由中で『発明は自然法則の利用に基礎づけられた一定の技術に関する創作的な思想であるが、特許制度の趣旨にかんがみれば、その創作された技術内容は、その技術分野における通常の知識経験をもつ者であれば何人でもこれを反覆実施してその目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならない。従つて、その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明として未完成であり、もとより旧特許法第一条にいう工業的発明に該当しないものというべきである。……』(参考資料第一号)と判示している。
この判決は旧特許法(大正一〇年法)にもとづく出願についてなされたものではある。しかしながら、現行特許法(昭和三四年法)の第二九条第一項の規定は、旧特許法第一条に規定する要件を実質上そのまま受け継いだものであつて、その間に本質的な変更はなく、異なつて解すべき理由は存在しない。
すなわち、旧特許法第一条では「新規ナル工業的発明ヲ為シタル者ハ其ノ発明ニ付特許ヲ受クルコトヲ得」と規定していたのに対して、現行特許法第二九条第一項では「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる」と規定しており、前者でいう「新規ナル」は、後者でいう「次に掲げる発明を除き」として同条同項の各号に列挙している発明でないことに相当し、「工業的」は「産業上利用することができる」に対応し、「発明ヲ為シタル者ハ其ノ発明ニ付特許ヲ受クルコトヲ得」は「発明をした者はその発明について特許を受けることができる」に相当している。したがつて、旧特許法第一条の規定は実質上そのまま現行特許法第二九条第一項の規定に対応しているのである。
そして、発明自体の定義についても両者のそれは異ならない。旧特許法には別に発明の内容を定めた条項はなかつたのではあるが、判例により明瞭に定義されている。例えば、昭和二五年(オ)第八〇号判決(最高裁判所、昭和二八年四月三〇日言渡)では(参考資料第二号)、その原判決(昭和二三年(行ナ)第五号、東高裁、昭和二五年二月二八日判決言渡)の理由でいう『……発明の本体は自然法則の利用によつて一定の文化目的を達するに適する技術的考案ということにあつて……』(参考資料第二号の二)という件りをその儘引用し、その解釈に違法を認めることができない旨判示しており、現に前記昭和三九年(行ツ)第九二号判決でも『発明は自然法則の利用に基礎づけられた一定の技術に関する創作的な思想である』と定義している。そしてこの定義は、現行特許法第二条第一項で定義している発明の内容そのものに外ならないのである。
以上のとおり、現行特許法第二九条第一項の規定が旧特許法第一条に規定する要件を実質上その儘受け継いだものであり、その間に本質的な変更がない以上、前記昭和三九年(行ツ)第九二号最高裁判決は、現行特許法第二九条第一項の解釈、適用の上でも、当然に、その規範とされなければならないものである。
したがつて、原判決が、この判例を無視しこれと相反する判断をしたものであることは明瞭である。
上告理由第三点
原判決は、判決に重大な影響を及ぼす法令の解釈に誤りのあることは前述したとおりであるが、原審において、上告人のなした、発明の未完成は拒絶理由に該当する旨の主張の法的根拠について、ただ単に、『特許法には未完成を拒絶理由とする根拠を見出しえない』とのみ述べ、何ら具体的に判示するところがない。これは、上告人(被告)の主張についての審理判断の理由を欠き、しかも、偏見独断によるものであるから、原判決には審理不尽または理由不備の違法があるものといわなければならない。
第三、結論
以上上告理由第一点乃至第三点において述べたとおり、原判決は、法令の解釈を誤り、判例に違背し、しかも審理不尽による理由不備の違法がある。原判決のその違法は、判決に影響を及ぼすことは明らかであることはいうまでもない。
されば、このような原判決には上告人として到底承服することはできないので、ここに民事訴訟法第三九四条後段及び同法第三九五条第一項第六号の各規定による上告理由の詳細を開陳し、貴裁判所の適正な判断を仰ぐ次第であります。